初打ち
年末年始は、新型コロナの影響もあって、ほぼステイホームの生活を送っていた。子供たちや孫たちも来ない、妻と二人だけの静かな日々だった。これは近年にない事だった。みんな新型コロナの感染者数の多い首都圏に住んでいるので致し方ないと諦めていたのだが、寂しかったというのが本音だった。しかも年末年始はテニスが休みの期間だったので、気分を晴らすこともできず、鬱屈とした日々だった。
そうなると、私のいけない性分なのだが、思考のベクトルが内向きになってしまう。過ぎ去った日々の嫌な事ばかりが思い出され、不愉快な気分を引きずってしまっている。また、将来の事をあれこれと考え、(これからいったいどうなるのだろう)と、不安な気持ちに苛まれてしまっている。それどころか体調まで崩れて来て、それが不安感を増幅させてしまう結果に陥ってしまう。負のスパイラルだ。
さだまさしの『残春』の歌詞に「過去に惑わず 未来を憂えず」という一節があるのだが、その事を自分に言い聞かせても、なかなか心にブレーキをかけることが難しい。
そんな状態になった時は、あれこれ考えたりせず、生きている今日に目を向け、まず身体を動かしてみることが大事だ。
今日(6日)は、テニスの初打ちに行って来た。1カ月ぶりくらいのテニスだった。
基本練習を1時間ほどした後、試合をした。
若い男性がいてフットワークやパワーでは負けるなあと思ったが、私はスキルで対抗した。久しぶりの試合で、ドロップショットを2本ほど失敗した。ストレートアタックが1本成功した。ロブをもう少し多用すればよかったと思った。試合には何とか勝った。
その間、ボールを追いかけること以外、余分なことを一切考えなかった。それが良かったのか、テニスが終わった後、スッキリした気分になることができた。
怪我をせず、今日テニスができたという事が、勝敗を抜きにして、何とも嬉しい。
そうなると、私のいけない性分なのだが、思考のベクトルが内向きになってしまう。過ぎ去った日々の嫌な事ばかりが思い出され、不愉快な気分を引きずってしまっている。また、将来の事をあれこれと考え、(これからいったいどうなるのだろう)と、不安な気持ちに苛まれてしまっている。それどころか体調まで崩れて来て、それが不安感を増幅させてしまう結果に陥ってしまう。負のスパイラルだ。
さだまさしの『残春』の歌詞に「過去に惑わず 未来を憂えず」という一節があるのだが、その事を自分に言い聞かせても、なかなか心にブレーキをかけることが難しい。
そんな状態になった時は、あれこれ考えたりせず、生きている今日に目を向け、まず身体を動かしてみることが大事だ。
今日(6日)は、テニスの初打ちに行って来た。1カ月ぶりくらいのテニスだった。
基本練習を1時間ほどした後、試合をした。
若い男性がいてフットワークやパワーでは負けるなあと思ったが、私はスキルで対抗した。久しぶりの試合で、ドロップショットを2本ほど失敗した。ストレートアタックが1本成功した。ロブをもう少し多用すればよかったと思った。試合には何とか勝った。
その間、ボールを追いかけること以外、余分なことを一切考えなかった。それが良かったのか、テニスが終わった後、スッキリした気分になることができた。
怪我をせず、今日テニスができたという事が、勝敗を抜きにして、何とも嬉しい。
この記事へのコメント
ようやく2度目の緊急事態宣言が、1都3県知事からの要請と、感染者数急増の状況により、渋々ながら、1ヶ月の短期間の発出ですが、実効性が疑問です。経済回復と感染予防との両立は困難です。感染抑制が最優先で、収束後に経済立て直しを図るべきでしょう。状況により、宣言期間途中での解除もある、との見解には首を傾げざるを得ません。専門家が、1カ月の短期間では効果が低いと言っているのに…… 英国では、1日5万人超の新規感染が続き、原則外出禁止、飲食店店内営業禁止のロックダウン実施に対し、 日本は、不要不急の外出自粛要請、飲食店の午後8時まで営業要請など緩い規制です。患者受入が困難になり、全医療がギブアップ寸前の今、新型コロナや重篤な疾患に見舞われたくないですね。
新型コロナウイルス(COVID−19)が、飛沫などによって人から人へ感染するのは、明白な事実です。ですから人と人とが接触しないようにすることが、最大の感染対策です。
ところが、そもそも人は類的存在で、人と人とが接触することによって社会生活を成り立たせています。経済活動はその指標のようなものです。
ですからこの相容れない2つの事項を両立させようとするのは、ブレーキとアクセルを同時に踏むようなものです。
貴兄が言及されている通り、まず感染予防を優先すべきなのは明確です。感染が収束した後での経済回復だと思います。
今回の2回目の緊急事態宣言の発出は当然でしょう。遅すぎたくらいです。やがては近畿の府県にも緊急事態宣言が出されるかと思います。
ステイホームの生活は苦しいですが、できる限り頑張りましょう。
世の中、以前の様な恐怖は無くなって、
どうせ何時かはかかるんだから的な気持ちが感じられます。
余病があればいけないが、自分はそうではないという人が、
余計に増えたのではと思います。
それにしても日々増加の一途、経路の不明者が多く、
「市中感染」なのでしょう。
自分を守る最高手段は出歩かないだけかもしれません。
自分も母親も多分かかったら、「死ぬ」ことしかない。
やっぱり怖いです。
ところが、この感染症が巷に広がり始めて早や1年が経過すると、「慣れ」というものが出て来て、少々の感染者数の増加があっても恐怖心は薄らいでしまっているという現実があります。この事態を冷静に考えると、怖い事だなあと改めて思ってしまいます。
実際、近親者に一人でも感染者が出たら、たちまち通常の生活が破綻してしまいます。ですから、ワクチン接種がまだまだの今、人と人との接触をできる限り避け、ステイホームに耐えて行く生活をする以外に方法がないですね。
とは言え、はっきりした出口が見えないので、息苦しい生活がいつまで続くんだろうと感じてしまうのが正直なところです。