勝竜寺城公園
急にラーメンが食べたくなって、馴染みの店がある長岡京市に行って来た。注文したのはラーメン定食。しょうゆ味で、もやしやチャーシューやメンマが入っている。その他、ご飯・切干大根・だし巻き・漬物・昆布の佃煮が付いている。さらには、サービスでハロウィンのお菓子が付いていた。満足感を覚えた。
その後、天気も良かったので、2キロメートルほど歩いて、勝竜寺城公園に行って来た。勝竜寺城の本丸跡にできた公園だ。
「勝竜寺城」と聞いても、ピンとくる人は少ないだろう。しかし、写真に写っている石碑の「明智光秀公三女玉お輿入れの城」という碑文を見れば、たいていの人は(知ってる)と思うだろう。「玉」とは、細川ガラシャの洗礼を受ける前の名前だ。
(ネットで調べれば詳細がわかることではあるが)明智光秀の三女として生まれた明智玉は、織田信長の意向により、細川藤孝の長男の忠興のもとへ嫁いだ。そして勝竜寺城で新婚時代を過ごし、忠興との間に1男1女を授かった。ところが、本能寺の変が起きると、逆臣の娘として丹後に幽閉された。その後、秀吉によって許され、大坂の屋敷に住むようになった。その時にキリスト教の洗礼を受け、ガラシャという洗礼名を受けた。その後、関ヶ原の戦いが近づくと、石田三成の軍勢に屋敷を囲まれたが、人質になることを拒み、自ら命を絶った。
細川ガラシャの生涯の概略は、そんなところだ。
前回のブログで記した建礼門院についても言えることだが、昔から女性は政争の道具として扱われ、数奇な運命を辿ったりした女性が多いんだなあとの思いを禁じ得ない。
今、NHKの大河ドラマで、明智光秀を主人公にした『麒麟がくる』を放送している。そのドラマで、私が好きな芦田愛菜が細川ガラシャ役で出演するらしい。どんな演技をするか楽しみだ。
また、長岡京市では、毎年11月の第2日曜日に「長岡京ガラシャ祭」というイベントが実施されている。玉(ガラシャ)が細川忠興のもとへ輿入れする行列を再現したものだ。ところが今年は、新型コロナの影響で中止の報。残念!
コロナ禍なのに、このところ、あちこち出歩くようになった。
その後、天気も良かったので、2キロメートルほど歩いて、勝竜寺城公園に行って来た。勝竜寺城の本丸跡にできた公園だ。
「勝竜寺城」と聞いても、ピンとくる人は少ないだろう。しかし、写真に写っている石碑の「明智光秀公三女玉お輿入れの城」という碑文を見れば、たいていの人は(知ってる)と思うだろう。「玉」とは、細川ガラシャの洗礼を受ける前の名前だ。
(ネットで調べれば詳細がわかることではあるが)明智光秀の三女として生まれた明智玉は、織田信長の意向により、細川藤孝の長男の忠興のもとへ嫁いだ。そして勝竜寺城で新婚時代を過ごし、忠興との間に1男1女を授かった。ところが、本能寺の変が起きると、逆臣の娘として丹後に幽閉された。その後、秀吉によって許され、大坂の屋敷に住むようになった。その時にキリスト教の洗礼を受け、ガラシャという洗礼名を受けた。その後、関ヶ原の戦いが近づくと、石田三成の軍勢に屋敷を囲まれたが、人質になることを拒み、自ら命を絶った。
細川ガラシャの生涯の概略は、そんなところだ。
前回のブログで記した建礼門院についても言えることだが、昔から女性は政争の道具として扱われ、数奇な運命を辿ったりした女性が多いんだなあとの思いを禁じ得ない。
今、NHKの大河ドラマで、明智光秀を主人公にした『麒麟がくる』を放送している。そのドラマで、私が好きな芦田愛菜が細川ガラシャ役で出演するらしい。どんな演技をするか楽しみだ。
また、長岡京市では、毎年11月の第2日曜日に「長岡京ガラシャ祭」というイベントが実施されている。玉(ガラシャ)が細川忠興のもとへ輿入れする行列を再現したものだ。ところが今年は、新型コロナの影響で中止の報。残念!
コロナ禍なのに、このところ、あちこち出歩くようになった。
この記事へのコメント
長岡京というと、784年、桓武天皇が平城京から遷都し、平安京遷都までのわずか10年間都が置かれた所ぐらいしか思い浮かびませんが、歴史ある場所のようですね。
長岡京市という名前もいいですね。
全く関係ないですが、大阪都構想の住民投票が否決されました。大阪市廃止を問う賛否、賛成に転換した政党があるのに、前回より票差はやや増え僅差で否決。IR(カジノ)構想推進に少し抑制効果があれば幸です。京都府は、都構想はないでしょうが、もし実現したら、京都都となり語呂合わせが悪いですね。
山崎の戦いで羽柴秀吉の軍に敗れた明智光秀の軍は敗走し、勝竜寺城に立て籠もりました。しかしそこが平城であったこともあって、光秀は密かに城を抜け出し、近江の坂本城を目指したようです。ところが、今の伏見あたりで土民の落武者狩りに遭い命を落としたと言われています。
京都は平安遷都(794年)以降、およそ1100年近くに渡って都であったこともあって、代々の京都人の中には、「京の都」としての誇りを持っている人々がけっこういます。
新たな知を教えてもらっています。
画像もなるほどと思えるもので分かりやすくて、
つい考えこむことが多くなり、感謝しています。
頭の刺激で、今後もご案内よろしくお願いします。
歳月が流れると、自分が行った所でも記憶が曖昧になってしまうので、ブログを利用して記録に残しているだけです。
掲載した写真などを見て、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。